第1章・・・・・
神とは
本居宣長の「古事記伝」によれば「尋常ならず何事によらずすぐれたる徳のありて、可畏き物を神とは云なり」と説明している。人間を超越した威力を持つかくれた存在。人知を以てはかることのできない能力を持ち、人類に禍福を降すと考えられる威霊。人間が畏敬し、また信仰の対象とするもの。日本の神話に登場してくる人格神。
神・尊・命「かみ」「みこと」
神や上代における天皇・皇族の呼称にそえていう尊称である。「日本書紀」には特に貴い存在には「尊」を用い、その他は「命」を使うと記されている。また「神」の字と併用していることも見られるから、はっきりとは区別しにくい。
高天原「たかまがはら・たかまのはら」
古来諸説があるが、天上を神々の住む世界とする観念で、古神道(古墳時代頃から仏教伝来までの時代)の世界観には高天原・中津国(人の住む現世)・黄泉(死者の行く地下の国)という垂直的三元的観念とともに、現世と常世(海の彼方)という水平的観念も共存していたと考えられる。現世では『敬神生活の綱領』(前文と綱領)に見られる神道の向かわんとする理想の世界をこれら当てる考えが強い。
産霊「うぶみたま」
神道の生命観を端的に表現する言葉で、物を生成する霊異なる神霊のはたらきをいう。古来ムスビを神格化した神名が多く見られ『古事記』には天地初発に出現した神として、高産巣日神・神産巣日神の二柱があげられている。
高御産巣日神「たかみむすびのかみ」
日本書紀では高皇産霊尊、古語拾遺では高皇霊神、出雲国造神賀詞では高御魂命、新選姓氏録では高魂命の文字を当てている。古事記の別天神五柱の二番目の神で創造・発展・完成せしめる神秘なエネルギーの神格化で高は神・生・足・若などと同様な意味を持ち、かかる力の働きの不可思議さを讃える語である。
神産巣日神「かむむすびのかみ」
神々しく神聖な生成の霊力の意で、前項の高御産巣日神と同じ霊能を持つ同一神であったが、古代人の二元論的な思考法で二つの神格として分離した神と考えられている。造化三神の一柱で天之御中主神、高御産巣日神に次いで三番目に生成した神である。
産巣日「むすび」
産日、参霊、産魂、魂(結)などと書き、物の生成を意味する古代語である。『おにぎり』のことを『おむすび』というが、ご飯を丸く固めることであり、また「縁むすび」も男女の縁を固めることである。
氏神「うじがみ」
現在、鎮守神・産土神いずれもが氏神と称されて居るが、本来は氏族の祖先神、氏族と関係の深い奉斎神を特に氏神と称した。祭祀集団の構成が血縁から地縁へと拡大する中で、こうした汎称が生じたものである。
産土神「うぶすなのかみ」
産巣な=即ち生まれた所を意味し、「な」は尊称の語尾で、自分の生まれた土地の守り神を言う。
相殿神「あいどののかみ」
一社において一つの社殿に御祭神が二柱以上ある場合、主神に対してその他の御祭神を相殿神という。たとえば神宮の内宮は主神は「天照大御神」で、相殿神は手力男神と万幡豊秋津姫命の二柱である。
水神・水分神「すいじん・みくまりのかみ」
ともに水に関する神であるが、水神は水自体を主宰する神であり、弥都波能売神が古典(神典)では水神とされる。水分神は流水の分配を主宰する神で古来農耕と関係が深く、古事記に天之水分神と国之水分神がみえる。
火神「ひのかみ」
火の祖神。火産霊神。別名火之加具土神。火に対する神聖感情と火の破壊力に対する畏れから、火災を避け、火を鎮めるためにこの神を祀る。また火の穢れを畏れるとともに火を永続させる火継ぎの信仰が、分家に本家の火神の灰を分与する習慣ともなった。
思金神「おもいかねのかみ」
古事記岩戸びらきの件に見える。日本書紀には「思兼神」とある。多くの思慮を兼ね持つ神の意で、人間の智力の極致を神格化したものである。天照大御神を、石屋戸を開いて、お連れするための策を考えた神である。
八幡「はちまん」
誉田別尊(応仁天皇)を主祭神とし、併せて比売大神と息長足帯姫命(神功皇后)を祀る。八幡信仰は日本でもっとも普及した信仰の一つで本元は九州の宇佐八幡といわれている。八幡神は天平勝宝四年(七五二)に完成した奈良の大仏造営に関わり、朝廷から大菩薩号を贈られ、神仏習合の先駆となった。後に王城鎮護の神として崇められ、伊勢に次ぐ第二の宗廟と称せられた。やがて清和源氏の氏神ともなり、武家政権の成立とともに武神的性格を持ち、武人に篤く信仰された。他に京都男山石清水八幡、鎌倉の鶴岡八幡宮が有名である。
なお、若宮八幡の祭神は応仁天皇の御子神、大鷦鷯尊(仁徳天皇)である。
天満天神「てんまんてんじん・てんまてんじん」
平安前期に菅原道真公が大宰府で没した後神に祀られ、追諡して天満大自在天神といい、よって同神と称する。天神の名称はアマツカミに由来するが、雷神的性格を有する天神信仰の発達により、専ら天満天神を指すことになった。
八百萬神「やおよろずのかみ」
古代において七、五、三などの数字は、人間の幸福を進め、世の中を栄えさせる数字として尊ばれた。この数字は具体的な数を示すのではなく、非常に大勢の神々という意である。
日本書紀では「八十萬神」とある。日本民族における神道の「神」は、外国の絶対神「ゴッド」とは大いに異なることを、ここに見るべきである。
柱「はしら」
神の数を数えるときの呼称である。社殿のまだ無かった頃には、木の御柱が建てられそこに神が降臨されて祭りが行われた。ここから神の数を数える用語となったものであろう。
遷座遷霊「せんざせんれい」
神社の本殿を改造、修理あるいは新築する際に本殿から仮殿へ、次いで仮殿から本殿へ神霊(御神体)を遷し奉ること。前者を仮殿遷座祭といい、後者を本殿遷座祭という。本義として神殿を新たにすることによって、御神威の一層の輝きを願うものである。
浄明正直「じょうみょうせいちょく」
『きよく、あかく、ただしく、なおく』神道における倫理観を示す言葉で宣命では天皇への奉仕形態を語る。祭祀奉仕、日常生活に対する際の心の姿勢であるべき姿で、生まれながらの人間本来の本性を示す。『浄く、明く、正しく、直き誠の心』の使用例が多い。
敬神崇祖「けいしんすうそ」
神を敬い信ずるとともに、自らの祖先を崇めることをいう。個人のいのちは死によって滅するのではなく、祭祀を通じて連続され子孫の守り神として信仰される心意に根ざす。日本人の宗教意識を表現したことばである。
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