第2章・・・・・ 神宮
神宮「じんぐう」
皇室の祖先である天照大御神を祀る神社、古くから「神宮」といえば、伊勢の神宮をさす。神宮は皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)の両正宮を中心として、十四所の別宮、百九所の摂社・末社・所管社からなりたっている。
内宮「ないくう」
内宮には天照大御神が祀られている。天照大御神は歴代天皇がおそば近くでおまつりされていたが、第十代崇神天皇の御代に、はじめて皇居を出られて、大和の笠縫邑に祀られた。ついで各地をご巡行ののち、第十一代垂仁天皇の二十六年(約二千年前)、大御神の御心にかなった大宮どころとして、現在の地におしずまりになった。天照大御神は日本神話における最高神。別名大日?貴神と称す。「古事記」では伊邪那岐命禊祓の際に、左眼を洗った時に生まれた高天原を統治する神とある。日神または皇祖人として、皇室および国民から広く崇敬されている。
外宮「げくう」
外宮には豊受大御神が祀られている。第二十一代雄略天皇の二十二年(西暦五世紀)に、天照大御神のご神慮によって丹波の国(今の京都府北部)から、度会の山田原にお迎えしたと言い伝えられている。豊受大御神は天照大御神がおめしあがりになる大御饌(食物)の守護神であり、私たちの生活をささえる一切の産業を司る神である。
別宮「べつくう」
別宮は内宮に十所、外宮に四所あり、正宮と関わりの深い神々を祀る格の高い宮である。別宮も式年遷宮が行われる。
神宮大麻「じんぐうたいま」
伊勢神宮の御神礼を神宮大麻という。神宮大麻はオオヌサともいい、麻をお祓いに用いたので古くからこの名がある。この歴史は古く鎌倉時代から御師によって、全国に頒布されていた。毎年神宮大麻を戴くのは、新しい年を迎えすべてが改まるとき、初日の出を拝むように新たなる広大無辺な御神徳と、みずみずしい生命力をいただくという祈りが込められている。
式年遷宮「しきねんせんぐう」
新しく神殿を造営し、旧殿から神殿に神々にお遷りいただくことを遷宮という。遷座・宮遷しともいう。特に定期的に執り行う宮遷しを式年遷宮という。神宮では千三百年の昔から二十年に一度大御神の住まいである御正殿やお供えする御装束・神宝などすべてを新しく造り替えて、神様に新しく御正殿にお遷りいただくお祭り「式年遷宮祭」が執り行われてきた。諏訪大社では三殿が七年毎に造り替えられ式年遷宮が行われる。
唯一神明造「ゆいいつしんめいづくり」
すがすがしい様式美を誇る「神宮正殿は出雲大社の「大社造」とともに、今に伝わる日本最古の建築様式である。一般の神社の神明造と区別して「唯一」の名がついている。
その主な特徴は
@ 柱は掘立式の丸柱で、地面に埋め立ててある。
A 屋根は切妻の平入りで萱葺である。
B 両妻の破風板の先が屋根を貫いて延び、千木となっている。
C 棟の上に鰹木が並んでいる。
D 棟の両端を支える左右一体の棟持柱がある。
E すべて直線式で桧の素木造である。
大社造が古代住居の形式であるのに対して、唯一神明造りは、床の高い穀物倉の形式が宮殿に発展した建築様式といわれている。
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