第7章・・・・・ 神典
神典とは
神道の聖典のことで、本居宣長は神典を「カミノミフミ」と訓み、古事記・日本書紀・旧事記などを指している。また大倉精神文化研究所では古事記・日本書紀・古語拾遺・宣命・令義解・律・延喜式・新撰姓氏録・風土記・万葉集を挙げ、これらの古典はわが国の民族精神の渕源するところで、歴史と文化の根底に働いて、その形成の原動力となってきたものとみている。
古事記「こじき」
現存する日本最古の歴史書。上・中・下の三巻から成る。「壬申の乱」によりそれまでの歴史書が灰燼に帰したのを惜しみ、天皇家の系図を正しく伝えようとして作成されたもの。天武天皇の命で稗田阿礼が暗唱した帝紀・旧辞を太安万侶が元明天皇の命により撰録し、和銅五年(七一二年)献進。天地開闢から推古天皇までの皇統譜を中心とする記事を収める。神話・伝説と多数の歌謡も含む。
天地「あめつち」
「天と地」。古事記の冒頭の件に「天地初めて発けし時」とあり、序に「乾坤初分」、「天地開闢」、日本書紀には「開闢之初」とある。また万葉集には、「天地の分れし時ゆ」とある。混沌たる宇宙が初めて天と地として形成したというのである。
日本書紀「にほんしょき」
奈良時代(七二〇年)に編集されたわが国最初の国史。編者は舎人親王。太安万侶ら。神代から六九七年の持統天皇までの記事を漢文で記述。帝紀・旧辞および各氏族の伝承、外国史料などを素材とする。古代史研究上第一の史料。
古語拾遺「こごしゅうい」
大同二年(八〇七)齋部広成撰。神代からの故事を語りながら、忌部氏の地位を明らかにするとともに、朝廷祭祀の不備な点を挙げて、不当な差別待遇を平城天皇に訴えたもの。記紀に洩れた神道信仰および祭祀伝承が載せられている。
宣命「せんみょう」
天皇の詔書。宣命体(和漢混淆文の源泉)で書かれた『続日本紀』(七九七)所載の宣命(六十二詔)が著名。漢文体の詔勅と区別される。儀式や神事関係の詔も多く、神道の倫理観(心情のあり方)・時間観などをはじめ仏教信仰との関係などをも示す重要な資料である。
令義解「りょうのぎけ」
養老令の注釈書。一〇巻。勅令によって清原夏野を総裁として小野篁、菅原清公らが撰進。従来の諸説を取捨し、令の解釈を統一したものである。承和元年(八三四)から施行。
延喜式「えんぎしき」
平安中期、醍醐天皇の命により藤原時平・忠平らが編集した律令国家における法制書。全五十巻。律・令・格・式から成り、「式」は法律の施行細則をいう。
初めの十巻は神祇に関するもの。この中の「延喜式神明帳」に延喜式内神社名が見える。全国三一三二座、長野県四八座が所載されている。
新撰姓氏録「しんせんしょうじろく」
古代の氏族の系譜を集成した書。京・畿内に本籍を持つ一一八二氏をその出自や家系によって神別・皇別・諸蕃に分類。嵯峨天皇の勅を奉じて万多親王らが編し、弘仁六年(八一五)奏進。三〇巻目録一巻。現存のものは抄本。
風土記「ふどき」
和銅六年(七一三)元明天皇の詔によって、諸国に命じて郡郷の名の由来、地形、産物、伝説などを記して撰進させた地誌。完本に近いものは出雲風土記のみで、常陸・播磨の両風土記は一部が欠け、豊後・肥前のものはかなり省略されて残っている。文体は国文体を交えた漢文体。
万葉集「まんようしゅう」
現存最古の歌集。二〇巻。仁徳天皇皇后の歌といわれるものから淳仁天皇時代の歌(七五九年)まで約三五〇年間の長歌・短歌・施頭歌・仏足石歌体歌・連歌合わせて四千五百首、漢文の詩、書翰なども収録。編集は大伴家持の手を経たものと考えられる。東歌・防人歌なども含み、豊かな人間性にもとづき現実に即した感動を率直に表し、調子の高い歌が多い。
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