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大宮諏訪神社

大宮諏訪神社
支部名 大北支部
宮司名 杉本英彦
神社名 大宮諏訪神社(おおみやすわじんじゃ)
鎮座地 北安曇郡小谷村大字中土字宮の場
祭神名 建御名方大神(たけみなかたのおおかみ)
八坂刀売大神(やさかとめのおおかみ)
例祭日 8月最終日曜日
その他 式年薙鎌打ち神事 諏訪大社御柱祭の前年(未、丑年毎に例祭日の翌日)
由緒 本殿県宝、県指定無形民俗文化財「奴踊」「狂拍子」「式年薙鎌打ち神事」
 往古より、旧小谷七か村の総鎮守として小谷総社大宮諏訪大明神と称えられてきた。旧社地のスハマの地は、古代祭祀跡といわれ、ご祭神建御名方大神、信濃ご入国の際の神跡の霊地とも言われている。白鳳の頃仁科王社殿を建立と伝えられ、旧郡史では創立天平9年とされる。
 室町時代地滑りのため現社地に移転した。中古頃別当神宮寺を創建し、現存している。
 応永23年領主飯盛山城守盛照、社殿を改築し、元和5年金原周防守の手になる現在のご本殿が造立された。松本領主の崇敬篤く、祈願所として祈祷を依頼、農神の霊札を神納せられた。元禄12年信越国境論争起こり幕府の裁許を仰ぐこととなり、領主の面目に関する重大事のため、神前に起誓文、祈願文を捧げ起請した。諏訪大社と当社共催の信越国境における薙鎌打ち神事が証拠の一つとなり、勝訴を得た。文化4年拝殿を改築、拡大して現在に至る。 昭和7年12月20日郷社に列した。
 諏訪大社との縁深く、古来、諏訪大社より大祝はるばる来社、七年に一度薙鎌打ち神事を信越国境にて執行している。また、大社の拝殿等の造営の際は、当地も度々頭役を務めてきた。
 本殿県宝指定、「奴踊りと奴歌」、「狂拍子」、「式年薙鎌打ち神事」(未、丑年毎)の三つが県無形民俗文化財指定。他に神輿渡御行列、獅子舞等の貴重な伝統文化を継承している。薙鎌村宝指定1口、社叢は杉、欅、栃、桂、銀杏、楓等の大樹が茂り合っている。
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